元大関・増位山太志郎の現在!ちゃんこ店評判と驚きの歌唱力を徹底解剖
大相撲の歴史において「土俵の貴公子」と称され、大相撲史上初となる親子二代での大関昇進を果たした元大関・増位山太志郎。現役時代にリリースしたムード歌謡『そんな夕子にほれました』がミリオンセラーを記録し、力士と歌手の二刀流として一世を風靡した伝説の人物です。
角界の第一線を退いた後も、親方として名大関・把瑠都をはじめとする数々の力士を育て上げました。日本相撲協会を定年退職した後の活動や、東京・両国で話題を集めるちゃんこ店の評判、そして2026年を迎えた現在の姿について、詳細な取材データをもとにその魅力と歩みを紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2026年現在も歌手活動を精力的に継続し、テレビの歌謡特番やディナーショーで円熟の歌声を披露している。
- 要点2:初代・増位山の父に続く史上初の「親子大関」であり、現役力士時代に『そんな夕子にほれました』で150万枚超の大ヒットを記録した。
- 要点3:プロデュースを手がける両国の「ちゃんこ 増位山」は、伝統の味と秘伝のタレが高く評価され、食通や相撲ファンに愛され続けている。
【2026年最新】元大関・増位山太志郎の現在と年齢|角界退職後の元気な姿
相撲界の第一線から退いた後、増位山太志郎がどのような生活を送っているのか気にかけるファンは少なくありません。1948年11月16日生まれの増位山は、2026年で78歳を迎えます。年齢を重ねてなお若々しい佇まいとハリのある美声を保っており、昭和歌謡のレジェンドとしてテレビ東京系の演歌・歌謡番組やCS放送の音楽特番、各地のディナーショーにゲスト出演を続けています。
日本相撲協会を65歳で定年退職した2013年以降、本格的に歌手活動へ完全復帰を果たしました。年齢を感じさせない艶やかな低音ボイスは健在で、往年のファンのみならず、昭和レトロ歌謡ブームに親しむ若い世代からも高い評価を獲得しています。
健康面でもウォーキングや日々の発声トレーニングを日課としており、公私ともに充実したセカンドキャリアを歩んでいます。ファンとの交流イベントでも気さくに写真撮影やサインに応じるなど、その親しみやすい人柄が今もなお多くの人々を惹きつけています。
大相撲史上初の親子大関!増位山随願寺に由来を持つ華麗な相撲経歴
増位山の経歴を語る上で欠かせないのが、相撲界屈指のサラブレッドとしての足跡です。父は同じく大関を務め、三保ヶ関部屋を創設した初代・増位山大志郎(元大関・増位山、のちに親方)。四股名は父の故郷である兵庫県姫路市の名刹「増位山随願寺(ずいがんじ)」にちなんで命名されました。
名門に生まれた重圧を背負いながらも、天性の相撲勘と内掛け、とったり、上手投げといった多彩な技を武器に番付を駆け上がりました。1980年には見事に大関へと昇進し、大相撲の長い歴史の中でも極めて珍しい「史上初の親子二代大関」という偉業を達成しました。
土俵上での立ち姿は非常に美しく、スマートな体躯と甘いマスクから女性ファンが急増。「土俵のプリンス」「土俵の貴公子」と称され、当時の大相撲ブームを牽引する中心人物のひとりとして角界を大いに盛り上げました。
現役時代にミリオン連発!『そんな夕子にほれました』誕生秘話と抜群の歌唱力
増位山の名を世間に広く知らしめた最大の要因が、現役関取でありながら放った空前絶後のレコードヒットです。相撲界随一と言われた圧倒的な歌唱力と甘く切ない歌声は、プロの音楽関係者をも唸らせるレベルでした。
1974年にリリースした『そんな夕子にほれました』は瞬く間に大ヒットを記録し、累計売上150万枚を超えるミリオンセラーを達成。現役の大相撲力士が歌謡曲のヒットチャート上位を独占するという、前代未聞の社会現象を巻き起こしました。
さらに1977年には『そんな女のひとりごと』も大ヒットとなり、有線放送大賞をはじめとする数々の音楽賞を受賞しました。過酷な本場所の合間を縫ってレコーディングや歌番組の収録をこなしていた当時のエピソードは、今でも伝説的な逸話として語り継がれています。土俵で見せる力強い勝負師の顔と、マイクを握った際に見せる甘いムードのギャップが日本中のリスナーを虜にしました。
三保ヶ関部屋の師匠として把瑠都を育成|親方引退から本格的な歌手復帰へ
1981年の現役引退後は年寄・三保ヶ関を襲名し、師匠として部屋の運営と後進の指導に情熱を注ぎました。父親から受け継いだ三保ヶ関部屋の看板を守り、厳しくも温かい指導方針で弟子たちと向き合いました。
その指導者としての集大成となったのが、エストニア出身の巨漢力士・把瑠都(バルト)の大関昇進です。言葉や文化の壁を乗り越え、基礎から徹底的に叩き込んだ把瑠都が平成の名大関へと成長したことは、親方としての手腕を証明する輝かしい実績となりました。
2013年11月、日本相撲協会の定年を迎えて親方を退任。その後は長年の夢であった本格的なプロ歌手としての道をリスタートさせ、シングル曲のリリースや全国各地でのコンサート活動を再開しました。「土俵を降りた後は歌ひと筋」という潔い決断は、同世代のシニア層をはじめ多くのファンに勇気を与えています。
本格派の味と絶賛!東京・両国「ちゃんこ増位山」の評判と名物メニュー
親方退任後、増位山が情熱を注いだもうひとつのライフワークが、大相撲の聖地・東京両国エリアで展開するちゃんこ料理店「ちゃんこ 増位山」のプロデュースです。
相撲部屋で長年培われた本物の味を一般の人々にも届けたいという想いから誕生した同店は、連日多くのグルメファンや観光客で賑わいを見せています。ネット上の口コミや食通の間でも評判は非常に高く、「上品でありながらコク深い出汁が絶品」「力士が愛した本物のちゃんこが味わえる」と絶賛されています。
特に人気を集めているのが、秘伝の醤油ベーススープに鶏肉のつみれや旬の野菜がたっぷり入った名物ちゃんこ鍋です。素材の旨味が溶け出したスープは最後の一滴まで飲み干したくなる奥深さがあり、店内には増位山の現役時代の貴重な写真やレコードジャケットが飾られ、大相撲と昭和歌謡の歴史を肌で感じられる特別な空間となっています。
【増位山】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:増位山太志郎の本名と現在の年齢は何歳ですか?
A1:本名は澤田昇(さわだ のぼる、旧姓:小柴)さんです。1948年11月16日生まれで、2026年の誕生日で78歳を迎えます。
Q2:なぜ現役の大関でありながら歌手活動ができたのですか?
A2:もともと相撲界きっての美声として知られており、当時の相撲協会やレコード会社の後押しもあってレコードを発売しました。本業の相撲で大関に昇進するほどの実力を示していたため、異例の二刀流活動が公認され、国民的な人気を博しました。
Q3:ちゃんこ店「ちゃんこ 増位山」には本人がお店にいることもありますか?
A3:スケジュールによりますが、歌手活動やテレビ出演の合間にお店へ顔を出すことがあります。運が良ければ気さくに声をかけてくれることもあり、ファンにとって嬉しいサプライズとなっています。
まとめ:土俵と歌謡界に輝く唯一無二のレジェンド・増位山太志郎のこれから
大相撲の最高峰・大関の座を極め、さらに音楽界でもミリオンセラーを打ち立てた増位山太志郎。力士、師匠、そしてプロ歌手という三つの異なるステージで一流の結果を残してきたその歩みは、日本のエンターテインメント史においても唯一無二の存在です。
70代後半となった現在も、その艶のある歌声と人情味あふれる人柄は色あせることがありません。両国のちゃんこ店で伝統の味を守りつつ、ステージの上で往年の名曲を歌い続ける増位山太志郎の今後の活躍から、まだまだ目が離せません。 (出典: 増 位 山(Yahoo!ニュース))